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ポストマッチインタビュー

チャン・ハオチン選手/チャン・ラティシャ選手

2019年9月21日(土)

ダブルス 決勝

センターコート 第5試合   1 2 3
シェ・シュウェイ(TPE)/シェ・ユーチェ(TPE)
 
●チャン・ハオチン(TPE)/チャン・ラティシャ(TPE)
7  

優勝おめでとうございます。今回の決勝は、なかなか見られないユニークな組み合わせでした。2組とも台湾出身で姉妹のペア同士の対戦でしたが、この試合に臨むにあたってどのような気持ちでしたか?

【ラティシャ】このようなケースが過去に何度あったかはわかりませんが、たしかにとてもユニークな形だったかと思います。大阪には以前も来たことがありますし、ファンの皆さんが、“4人”全員に大きな声援を送ってくれたので、私たちにも力になりました。とても特別な時間を過ごすことができましたし、最後この形で優勝できたことは格別なことだと思います。


大阪には以前も来たとのことでしたが、ジュニアでプレーされている時のことかと思います。その頃の思い出はありますか?

【ハオチン】非常に昔の話ですが、日本に来ることは非常に楽しみにしています。東京でも大阪でも良い印象があります。私の誕生日の時に、来る機会が多かったので、(日本には)誕生日を過ごしているイメージがあります。

【ラティシャ】誕生日を過ごすには最高の場所よね。

【ハオチン】ここで誕生日を迎えた時は、ハーブスのケーキを食べさせてもらったことが思い出に残っています。

【ラティシャ】私はもっと昔の話ですが、日本に初めて来たのは13歳の時でした。写真を撮ったことも覚えていますし、この会場でプレーしていたことも覚えています。この会場は朝の7~8時より早くでは近隣住民に迷惑になるからボールを打ってはいけないと聞かされて、夜は9時過ぎにはすべてクローズするということを聞いて、「そういう場所なんだな」と思ったことを覚えています。ジュニアの時はホテルから、シャトルバスなどを使わずに歩いて会場にやってきました。その方がより多くの時間を練習に割くことができるからです。あと、ホテルの向かい側にあったコンビニによく行っていたことも覚えています。思い出はたくさんありますが、そういうのを思い出すと自分が若返ったような気持ちになるので楽しいです。


今回のトーナメントでどの試合が一番タフでしたか?

【ラティシャ】やはり準決勝の土居選手&日比野選手ペアとの試合です。昨日、私たちはホテルで試合が開催されるかどうかを待っていた状態でした。その状態から今日の試合に向けて、メンタル面でも、自分たちをどのように鼓舞していくか、そして新たな気持ちできちんと準備をして臨むのは、難しいと感じていました。特に相手の二人は、先週の大会で優勝して、自信をもって臨んできていたので、試合に入ってみるとなかなか難しさを感じていました。ファーストセットは私たちが取れましたが、セカンドセットでは反撃を受けて取られてしまい、そして最終セットとなりました。とても厳しい試合を戦わなければならなかったことは事実です。


昨日、ラティシャ選手がSNSに20年前に台湾で起きた地震のことについて投稿がありました。その頃から、「テニス選手になろう」と強く決心した、という記載がありましたが、その話を教えてください。

【ラティシャ】今日がちょうど、私が10歳だった頃に起こった、2400人以上が亡くなった大地震から20年という日でした。私たちが住んでいたエリアは、二番目に被害の大きいエリアで、自宅も大変なダメージを受けました。その当時は「本当に怖い」という印象でしたが、20年経ってもその気持ちは変わりません。その地震では、家族も私も怪我がなく幸運に恵まれましたが、地震の後、「これから私は絶対にプロのテニス選手になろう」と強く決心して、タイチョンからタイペイに移りました。家が壊れたり、家族も職を失ったり、大変な時期を過ごしました。
まだ私は10歳でしたが、家族の唯一の希望となりました。10歳だったので、家族の苦労をすべて知っていたわけではないかもしれませんが、私が試合で勝つことが何よりも希望になるのだと信じていました。その後プロテニスプレーヤーになって、何回勝利するか、何回優勝するかということも目標としてありますが、そういったことで当時の記憶や痛みがすべてなくなったり、忘れたりするわけではありません。私がコート上で戦う姿勢を見せることが、同じような痛みを持った人々に対して、何かポジティブなものを与えられると思っていますし、そういうことを発信するために、昨日SNSに投稿しました。
私の前向きなエネルギーをなんとか皆さんに伝えたかったですし、スポーツ界全体にそれが伝わればいいなと思っています。


以上
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